愚かなハッカーたれ、利口なエンジニアよりも

地方でフリーでプログラミングスキルで生きていく

聞き上手にも話し上手にもならず、ミームマシンになればいい

聞き上手になるより、情報をどんどん吸収して、それを話しまくって拡散する方がいいと思う今日このごろ。点と点をつなげて線にすれば、今は見えてない新しい可能性ができるかもしれない。

インプットもアウトプットも人並み以上を心がける。 聞き上手になって情報の受け身になったほうが見識を広められるってのは、ネットに情報が氾濫している現在には当てはまらないような。情報を取捨選択して積極的に引き出しに行くほうが見識を広められる。またリアルでアウトプットすれば、ネットにない情報をインプットするきっかけも得られる。

今の時代、聞き上手はただの愚痴聞き役になるだけだったりしないかな。人には嫌われにくいだろうけど。自分がどう思われるかより、相手に新しい情報を与えて脳に点を打つ。そしてまたその人が何か新しいことをするきっかけになって、知らない何処かで線になればいい。

諸法無我。すべては繋がっている。ミームマシンになろう。

なぜ自分は黎明期にインターネットの可能性に気づけなかったのか

20年前、日本の一般人にもインターネットが使えるようになった。自分もほどなくして黎明期に有名だったベッコアメ・インターネットで契約した。しかし半年ほどしてお金の無駄だと解約した。

当時は回線の速度も遅く、画像を1つ表示するのにものすごく時間がかかりストレスだった。そして掲示板(NNTP)ではささいなことで口論になり、スレッドはよく暴言で荒れた。今と変わっていない。

毎月お金を払って、どこの誰かわからない人の日記を読み、画像が表示されるのを数分も待ち、いざ表示されたらペットの犬とかどうでもいいものだったり、掲示板で質問しても嘲笑される。(当時の自分の質問の稚拙さも問題だったが)

こんなことのために毎月高くないお金を払い続けることに意味があるのか、インターネットなんか一時の流行りものだろうと解約した。無料で観れるテレビ番組を観たほうがマシ、プログラミングに没頭した方がマシだと思った。

しかし、同じ時期にホリエモンや孫さんなどは、ネットの可能性を感じ、すごい時代が来ると予期できた。予期できなかった自分との違いはなんだったのか?

今ならわかる。それは脳の中に蓄積された情報量の差、またその情報格差による歴史認識不足だ。現在は過去からの絶え間ない変化の繰り返しによって存在しているという認識があれば、ラジオからテレビへ、白黒テレビからカラーテレビへ遷移していった歴史などから、インターネットの回線がもっと速くなり、もっとたくさんの人が使えるようになり、大きく時代が変わることを推論できたのだ。

いまさらですが2ヶ月前にNewsPicksの有料購読をはじめました。情報過多と言われてますが、それでも取捨選択して有益と思われる情報のシャワーは浴びたほうがよいと思う。情報は脳に点を打ち、脳は無意識下(バックグラウンドプロセス)で点と点を線にする。そして意識上に未来を推論するひらめきになる。

ベーシックインカムは世界を救う?希望的観測まとめ

最近、話題のベーシックインカム。News Picksでもベーシックインカム特集がありました。

newspicks.com

自分なりに理解したことをまとめ。

  • 今後、様々な分野で起きうる自動化で職を失った人の生活保障、格差問題の解決だけが目的ではない
  • フィンランドには元ノキアの社員など優秀だけど働かずに手厚い社会保障から失業保険を受け取った方がマシという人々がいる
  • フィンランドベーシックインカム試験導入は、こういった問題解決の糸口をつかむためでもあるらしい
  • 失業保険は収入が一定額を超えないように仕事を調整したり、その証明せねばならないなど、行政、失業者双方にコストがある
  • ベーシックインカムで、職を失った人も次の仕事へ就くための勉強に時間を割けるようにした方が、システムもシンプルになりコストがおさせられ、全体的にプラスに働くかもしれないという期待
  • つまりベーシックインカムは雇用をうながす効果も期待されている
  • 働かなくても生活できる給付より、家族1人あたり月5万などスモールベーシックインカムの方が良いのではないかという話
  • 家族4人なら合計20万で、もう少し生活にゆとりが欲しいと働く意欲になる
  • 生活は何とかできるから、やりたい仕事、良い仕事につくための勉強に時間を割くこともできる
  • 学習意欲と労働意欲に繋がり、イノベーションがさらに加速する可能性
  • 生活のために仕事をする時代は終わるかもしれない

 

 

Amazonによる配送ドライバーの激務化は日本だけの問題なのか?

以前から話題になっているこの問題。Amazonの宅配が増えすぎ、人手が足りておらず、配送ドライバーの仕事が過酷化している。

headlines.yahoo.co.jp

この問題に対して、これはAmazonの問題ではなく、ヤマトの問題ではないかという見方もある。人員不足を解決せず、現場の人間に仕事が増えた分の利益が還元されていない。すき家のワンオペ問題と同じく日本固有のブラック企業問題ではないかという見方だ。

以下、記事からの引用。

本来、荷物が多いことは、ドライバーにとってマイナスばかりではない。ヤマトでは配送件数に応じた「業務インセンティブ」があるからだ。ただし、宅急便は1個20円ほど。仮に余分に50個運んでも、1000円ちょっとにしかならない。

そこで本場のアメリカはどうなのだろうとググってみた。するとやはりアメリカでも同様の問題が起きていて、ストライキもあるようだ。

www.aol.com

2016年11月の記事でタイムリーな話題。以下、原文から引用。(翻訳はGoogle翻訳頼みの意訳です)

A pilot strike is threatening to ground flights carrying cargo for Amazon during the busy holiday season. About 250 pilots employed by ABX Air, a subsidiary of Air Transport Services Group Inc., went on strike Tuesday morning to protest alleged staffing shortages.

パイロットのストライキは、多忙なホリデーシーズンのAmazonの配送を脅かしている。ABX Airの約250人のパイロットが、ストライキで人手不足を訴えた。

The pilots say they are striking because they have been forced to work "emergency assignments" during contractually obligated time off as a result of alleged understaffing. 

パイロットたちは「緊急業務」として、契約上休暇と定められている時間も強制的に働かされていると言う。

他にも検索結果を見てみたけど、ホリデーシーズンの人員不足の話ばかりだった。通常の業務では日本ほど過酷な業務を強いられていなさそうである。またストライキを起こせない日本の労働者の立場の弱さは、ブラック企業問題に起因しているのだろう。

ちなみに最初に引用した「Amazon多すぎ」の記事中には、このような話もある。

国交省の調査(2014年)によると、宅配便の再配達率は19.6%。再配達1回目でも約4%が残る。
「みんな帰宅してから再配達の電話をかけてくる。だから夜の仕事はいつまでたっても終わらないんです。ヤマトの時間指定は午後9時までですが、その後も配達を続けています」

自宅で働いていて、ほぼ確実に受け取っている身からすると、20%近くの再配達率はあまりに高すぎると驚いた。これも日本固有の問題ではないだろうか。残業から帰ってきて不在届を見て連絡する、時間指定しても残業で帰れず受け取れない。これは利用者側も長時間労働を強いられているからだ。

だから利用者が利便性を求めたことだけが問題ではないだろう。利用者もまた長時間労働により時間の余裕がなく、それが再配達率を高めヤマトのドライバーも過酷な業務を強いられる。まさに負の連鎖である。

Amazonは人員不足の問題を配送業者の買収、ドローン技術で解決させようとしている。近い将来、人員不足問題は解決するかもしれないが、その時は現場の人間が職を失うことになるのではないだろうか。ドローンでは配達しきれない場所には人出も必要で、バランスが取れて業務改善されると良いのだが。

自分もAmazonを月に最低2回は使っている。毎月の定期便、パントリーで日用品を買うからだ。トイレットペーパーや調味料など定期的に買うことが決まっているものは宅配で効率化したい。おかげで仕事に集中できる時間が増え、売上が上がって納税額も増え、仕事を通じて社会貢献できるなら、利便性だけを享受しているわけではないはずだ。と思いたい。

自分にできることはできるだけ再配達にならないように受け取れること。実際、自分の再配達率は5%以下だと思う。ヤマトさんも午前中にいることがわかっているからか、時間指定しなくともだいたい同じ時間に来てくれます。ありがたや。

婚活パーティへ行くのをやめた理由および今年の総括

おじさんプログラマチラシの裏日記。今年の総括編。

  • もっとやれるはずなのに本気になれないことに悩む
  • 家族とか背負うものがあるとモチベになるかも?
  • 三重から名古屋へ出て婚活パーティに週1ペースで出まくってみる
  • その帰りにひさびさに名古屋で飲み歩く
  • 初めて入ったお店でスタッフやお客さんと話たりする
  • 東京から地元の三重に戻ってきた時、こうやって知り合いを増やしていったことを思い出す
  • 人との出会いってこういうことじゃないよなと婚活パーティに疑問を感じ行くのを止める
  • 飲み歩いて新しい人と出会うほうが楽しい→意外に自分が社交的だと気づく
  • でも飲み代がかかる→経費にする方法を考える
  • 三重の飲食活性という名目のアプリ企画を思いつく
  • 三重県各地を飲み歩いてるうちに、この企画に本気になる
  • 結婚?なにそれうまいの?←今ここ

同じライフライクルの中にいると世間の価値観に飲まれがち。 自分を取り戻した気分。 来年はゼロベース思考で行こう!

オープンな場よりクローズドなSNSに希望を感じる

インターネットのオープンな場で自由な議論ができる。それは希望的すぎた。

nectaris.hatenablog.com

以下、上記記事からの引用。

昔のインターネットの文章は、例えるなら、海に流すボトルのようなもので、どこかに流れ着いて、誰かに届けばいい。そんな感じのものだった。
楽しいことって大切だし、自分に言い聞かせていれば、気のせいでも楽し気持ちになれる。でも、人間、どこかで弱音を吐かないと生きていけないし、そういう場所は誰にだって必要だと思う。 インターネットがずっと、自分にとってその場所だったのだけれども、どうにも、最近、そうではなくなってしまったような、気がする。息苦しい。
最近のインターネットは、“正しい人たち”“正しくて普通の人たち”が多すぎるし、そういう人たちは、正義のためなら、どんなことをしてもいいと思っている。
そういう、その人の絶望の叫びに対して、それをたまたま見つけた、正しい人が、周りの、正しい人たちに拡散する。正しい人たちは、その人をよってたかって、ぼこぼこにして、正しさで押しつぶす。もともと、その言葉を発した人は、その言葉が、間違ってるのもわかっていて、それでも、自分の命や命よりも大事なものを守るために、その言葉を、海に流すボトルに入れて流したのに。
魂からの、“負の感情の発露”の文章、言葉というものは、“その人のパーソナルの一番繊細でデリケートな部分”から発せられるものだ。〝生身のその人自身”“命と同じようの大切で大事なものだ”それを、罵倒して、踏みつぶしてすりつぶす。正義の名のもとに。

今やオープンな場は、誰かがミスを犯すのを監視し、見つけたら徹底的に叩きのめす場になってしまった。何かの志を持ってオープンな場で発言しようとした人も、ミスを犯すのを待っていた人たちに叩きのめされる。

だから、こき下ろされようとも動じない、炎上もPV稼ぎ、セルフブランディングのうちと開き直れる、そういう心臓に毛が生えたような人でないとオープンな場では発言権を得るのは難しい。

ただ、自分は引用の記事ほど悲観していない。今でも匿名でtwitterアカウントを取り、身バレしないようにつぶやけば、海にボトルを流すようなことはできるし、オープンな場だけがすべてじゃないから。

リアルな友達だけで繋がったクローズドなSNSで、誰かがネガティブな感情をつぶやけば、みんなが慰めるような光景もある。クローズドなSNSは、あくまで面識のあるリアルな人間関係を拡張するものだから、穏やかな空気が漂っている。

facebookもオープンな場から注入された嘘ニュースや陰謀論など広告クリック収入目当ての撒き餌がシェアされ、そんな撒き餌をネタに正義の罵詈雑言を吐くおじさんたちもいる。

そんな空気にうんざりした若い子たちはfacebookをやめInstagramに流れる。たわいのない日常を写真でシェアし、穏やかな空気がただようInstagramは、サイレントマジョリティーの憩いの場である。

地域活性などのためにSNSを活用するなら、このようにクローズドな場で育てたほうが良いと思う。

  • まずリアルで自分に共感してくれる人たちとつながる
  • そのつながりをSNSで補強する
  • リアルな活動で信頼を築きながら、活動内容をSNSでシェアする

こうやって、顔が見える相手との信頼関係でコミュニティを育てる方法なら、心臓に毛が生えてなくてもいい。会ったこともない正義の人たちに揚げ足をとられるようなこともないだろう。道徳性を欠いたPV稼ぎに染まらなくていい。

それだと小さいことしかできないと思うかもしれ知れないけど、成功モデルができたら、そこに至るまでの経緯や方法論などをオープンな場でシェアすればいい。そして、誰かがそれをマネして同じようにうまくいけば広がっていく可能性はある。

クローズドなSNSのコミュニティで小さく育てて、成功モデルをブログなどオープンな場で伝え、遠方のどこかでまたコミュニティのクローンができる。これからはこういう流れに希望があるように思う。

会社組織よりフリーランスのままでいたいと思う理由

企業規模でやろうとすると、人を雇っているし、会社を倒産させないために収益の目標が高くなる。上場企業なら株主の目もあるので、ライバル企業との競争に打ち勝ち、成長し収益を伸ばしつつける必要がある。

それに対して個人は気ままである。

  • 極端な話、自分が食えるだけの収入があればいい
  • 純粋に自分が好きなことを追求しながら社会貢献する道を模索しやすい
  • 企業規模でペイしなくとも個人レベルならペイする分野に挑戦できる

個人だとできる規模が限られるという話も今は昔。クラウド環境のおかげで、従来、高コストで企業規模でないとできなかったことができるようになってきている。

Amazon Web ServiceやGoogle App Engineを使えば、ネットワークエンジニアを雇わなくても、個人でそこそこの規模のサービスを運用することができる。スタートアップで毎月かかるお金は数千円で済むだろう。

クラウドワークスやランサーズなどで、仕事を外注することも簡単になった。自分はアプリのアイコンは、いつもクラウドワークスのコンペで発注している。Gengoがあれば翻訳も低コストかつスピーディにでき、アプリの多言語化、海外展開も簡単だ。

あまり継続性のない単一の作業や単純作業なら、直接人を雇わなくても必要な時に必要な人材に仕事を任せることができる。もちろん会社組織でないとできないこともあるが、フットワークの軽さを失わず、トライ・アンド・エラーを繰り返せることが、フリーランスのアドバンテージで最大の魅力である。

また人を雇わないとできない規模の仕事になると、優秀な人材を一定人数以上確保する必要にかられる時が来るだろう。つまり人がたくさんいる都心でないと事業の継続が難しくなり、地方都市で快適に暮らしながらというわけにもいかなくなる。

住む場所を選ばず、好きなことを仕事にして、トライ・アンド・エラーを繰り返す。この条件を満たすために、自分はフリーランスであり続けながら、生きる道を模索したい。