愚かなハッカーたれ、利口なエンジニアよりも

地方でフリーでプログラミングスキルで生きていく

生活がルーチン化すると、とてつもなくショボい事を恐れるようになる

失敗を恐れるなって言うと、何か大きなリスクを背負う事を意味してるように聞こえるけど、何かをやろうとするのをためらうのって、大抵は人から見たらリスクと思えないようなちっぽけなことだったりする。

破滅的な経済的損失、大事な人からの信頼喪失。修正困難なほどに人生にダメージを与えるようなリスク。そんなリスクを冒さねばならない決断なんか、人生にそう何度もないだろう。なぜ人はちっぽけな失敗すら恐れるようになるのか。

人間の脳は新しい環境に適応する柔軟性を持っているけど、一度適応すると今度は脳が今いる環境が世界のすべてのように認識し始める。そういう働きのない脳を抱えた人たちは、かつての変化に乏しく階級化された社会では子孫を残せなかっただろう。

生活がルーチン化されると、小さな変化すら恐れるようになるのは、本能的な自己防衛なのかもしれない。しかし今は自由で変化が激しい時代だ。変化しない事のほうがリスクである。変化を受け入れる脳の柔軟性の方を拡張したほうが自己防衛になる。

生活がルーチン化すると、自分のちっぽけな自尊心に引っかき傷がつくことや、月の小遣いが数万減るとか、とてつもなくショボいことを恐れるようになる。でも、その恐れが自分を停滞させ、変化に順応できなくさせていく。だから、動く習慣を身につけて生活をルーチン化させないこと、ちっぽけなことを大事のように思わせる脳の錯覚を弾き飛ばすことが大切。

暖かくなって動きやすくなってきたので、またどこか見知らぬ街へ行き、見知らぬ人と話そう。

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熊野市駅で撮影