愚かなハッカーたれ、利口なエンジニアよりも

地方でフリーでプログラミングスキルで生きていく

飽きっぽさを受け入れ、自己承認欲求と距離をおくと、自分の行くべき道が見えてくる

20代の時は自分がやりたかった仕事に就くことができ、学校社会で落ちこぼれの自分にできるかどうか半信半疑だったこともできるようになり、自己承認欲求が満たされるものがあった。そして予定通り20代で会社員を卒業し、30歳で独立して、これからは自分で何かやっていこうと思ったが、サッパリうまくいかなかった。

何かをやって失敗したとかならまだしも、何をやりたいのかよくわからなくなっていった。プログラムを書いて何かを作っては捨て、作っては捨ての繰り返し。ろくに形にならない。

20代の時の情熱と集中力はどこへ行ったのか。受託の仕事には困ってないし、食うに困らない稼ぎもあったけど、満たされないモヤモヤした感情を抱えていた。それは自己承認欲求にこだわり、成功者の影を追っていたからだ。

例えば、ウェブ・アプリ界での典型的な成功者像は、サービスを作って当てて、スケールして社員を増やして、そのサービスを運営する会社の社長という立場になることだけど、中途半端にその影を追っていたと思う。今ならはっきりわかるが、自分はそんな立場にはなりたくない。

まず同じプロジェクトにずっと携わるのが嫌だ。絶対に途中で飽きる。そもそも完成が近づくにつれモチベが低下する性格なのだ。作ったものにもあまり愛着を持たない。一番わくわくしているのはXcodeAndroid Studioで新規プロジェクトを立ち上げ、さー作るぞ!という瞬間なのだ。

そして社員を抱える会社社長になると、プログラムを書く仕事から離れ、資金・人材調達や収益追求などの社長業へとシフトしていくことになるだろう。飽きっぽい自分が珍しく20年経っても飽きないプログラムを書くことを捨ててまで、それは必要なことなのか?社会的地位を得るということ以外に何か自分を満たすものはあるのか?社会的地位はプログラムを書くという楽しさと引き換えにしてまで欲しいものなのか?という自問自答。

ホリエモンも本人が言うように飽きっぽい性格で、彼は興味を持った事は次々プロジェクトを立ち上げ、現場は優秀な人達に任せ、自身は資金調達と監修的な立場でいることで心を満たしているようだ。これも1つの道だろうけど、自分にはしっくりこない。

対して同じく飽きっぽい性格のハイパーノマド高城剛さんは、世界中を飛び回り、その体験からメルマガや本を書いている。高城さんがホリエモンと決定的に違うのは、彼はハイパーノマドミニマリストで、極力物を持たないことにこだわるのに、ガジェットはスマホだけで完結せずMacBookiPad Proなども持ち歩いていることだ。

先日メルマガの読者からのQ&Aでその理由に答えていた。「時間と人とお金の管理だけならスマホだけで十分でしょうが、作るためにはコンピュータが必要。僕はやっぱり自分で作るのが好きなんですよ!」って書いてて、そうそう!と同意した。高城さんは旅先でも音楽や映像を作ってるらしい。自分にしっくり来るスタイルだ。

高城剛さんのメルマガ申し込み

自分もプログラムを書くことからは離れたくない。そして常に新しいものを作り続けたいし、プログラム以外にも興味を持ったことにはフットワーク軽く動ける状態でいたい。その多くはすぐ飽きるだろうけど(笑)

そうはっきりと自分の欲求を分析できたら道が見えてきた。そして、短期間で作れてサーバーレスな小道具系アプリを次々作ることにした。1つ1つの広告収入は多くないけれど、作れば作るほど収入は積み上がっていく。今は飲み代の足しレベルだが、これから増えていくことは確実だ。

そして常に新しいものを作っているから飽きない。数が増えるとたしかに管理が面倒な面もあるけど、1個1個のアプリの規模は小さいからバグはそんなに出ないし、サーバーレスだからメンテナンスはほとんど必要ない。ちょこちょこアップデートするくらいだ。作ったアプリのメンテが次のアプリを作る足かせになることはあまりない。

そして社員もおらず独り身なら自由に動ける。アプリの広告収入だけで生活費を賄えるレベルになったら、数日仕事をしなくてもどうということはないだろう。仕事を止めて新たに興味を持ったことにコミットできる時間も確保できる。

もう今の自分は成功者の影を追っていない。自己承認欲求や社会的地位にとらわれなくなったら、自分が進むべく道が見えてきた。