愚かなハッカーたれ、利口なエンジニアよりも

自我と距離をおきたいプログラマの日記

シンギュラリティはパンドラの箱ではなさそうだ

AI(人工知能)が人間の知能を上回った時、技術的特異点=シンギュラリティが起こり、パンドラの箱が開くかもしれない。よくありがちな仮説は映画のように人工知能を有したスーパーコンピューターやロボットが人類を支配する退廃的未来だ。

この前、NewsPicksのインタビューで高城剛さんは「いまだにシンギュラリティがどうのとか言ってる人がいるけどダサい。それはHuman 2.0(現人類)シミュラークル(虚構)だ」と切り捨てていた。

newspicks.com

またサピエンス全史の著者もホモ・サピエンス(現人類)は近い将来絶滅するでしょう。それは戦争によって絶滅するのではなく、科学を持って別の何かに進化するからだと述べている。 

サピエンス全史 上下合本版 文明の構造と人類の幸福

サピエンス全史 上下合本版 文明の構造と人類の幸福

 

私もこの仮説に肯定的である。シンギュラリティを恐れるのは、人間と機械の間にボーダーがあるように感じている前時代的な人々の考えではないかと思うのだ。私たちは漫画、アニメ、映画の中で人間と同じような感情を有する人型ロボットの存在を見てきた。それにより、人間は人間のままで、人間を模倣したロボットが人間社会に紛れ込むという未来を想像しやすい。

しかし、現実に近い将来起きることは、人間が機械というか超小型のコンピュータを搭載したデバイスと一体化することだろう。あくまで人間を母体として機械によって人の能力が拡張されるという方向が現実路線だと思う。

だから機械が人間を超えて人類を支配する未来ではなく、人間が機械や遺伝子操作でHuman 2.0、ホモ・サピエンスから、アップグレードする。つまりシンギュラリティとは、自然選択という生物界の進化のルールを逸脱し、自らの力で進化を成し遂げることなのだと思う。

そして、その進化を遂げた時、より人間は理性的になると考えられる。脳がアップグレードされたにもかかわらず、破壊的衝動に駆られるようなことは考えにくい。また最終的に人間は電子空間の中で意識が統合されていくのかもしれない。そうすればもう何かを奪い合うこともない。

結局、シンギュラリティを迎えた時、国民国家主義、個人主義と共に戦争もなくなるのではないかと思う。自我こそが争いの種なのだ。