愚かなハッカーたれ、利口なエンジニアよりも

自我と距離をおきたいプログラマの日記

正義を盾に火を投げる人たちが、オープンな場では炎上インフルエンサーが生き残る環境を作った

SNSで数万人規模のフォロワーを集める人たちは、炎上をものともしないどころか火力燃料にしてしまうような人達が多い。不遜な態度のキャラクターを確立させた人たちが、炎上を生き延びインフルエンサーとしての称号を手にする。

bunshun.jp

佐々木俊尚さんのVALUに関する記事を読んだりして思ったのは、このような状況を作ったのは、自らは何もアウトプットせずに、他人に清廉潔白を求め、正義を盾に火を投げる、その他大勢の人たちではないだろうかということだ。

積極的にアウトプットしていれば、突っ込みどころは出るものだ。そこで見知らぬ他人に正義の火を投げつけられ、叩きのめされた人たちの多くは退場することになる。普通の人達は、それを見てオープンな場で発言することを避けるようになる。

結果として、オープンな場では、能力や情報収集力が高く、かつ、罵詈雑言を浴びせられても心が折れない強靭なメンタル(というかサイコパス的形質?)を持った人が生き残る環境になった。他人に清廉潔白を求めた結果、それと相反する不遜な態度の人たちが生き残るという矛盾。

人の行動を変えるには、仕組みそのものが変わる必要があると思う。今の仕組みでいくら人の心に訴えても、オープンな場は「フォロワー数が多い人が勝つ」状況を変えられないと思う。人は会ったことがない人なら平然と罵詈雑言を浴びせられるし、その中で発言し続けようと思うなら、やられたらやりかえすメンタルが必要になるのだ。

しかし、炎上屋のインフルエンサーが発信する情報は役に立つものも多い。普通の人たちはオープンな場は情報収集の場として割り切ればいいと思う。得た情報を自分の糧にして、身近な人達に役立つ情報だと思ったら、直接会って話すか、facebookのようなクローズドな場で伝えればいいと思う。

オープンな場は罵詈雑言であふれているけど、クローズドな場は穏やかな空気が流れている。身近な人間関係で構築されたクローズドな場で信頼を得て、彼らのためになることをする。こちらのほうがオープンな場でフォロワーを稼ぐより、ずっとハードルが低いし、何より日々穏やかな気持ちでいられる。

それに身近な人のために何かができるのは、身近にいないインフルエンサーではなく、自分自身なのである。そう認識する普通の人たちが増えれば、もっと社会は良くなるのではないか。それを後押しする新しい仕組みが必要なように思う。