愚かなハッカーたれ、利口なエンジニアよりも

自我と距離をおきたいプログラマの日記

自分の存在意義で悩むのは記憶回路のバグかもしれない

受動意識仮説によると、何を行うかの決定は意識するより先に脳が決定しているという。意識は脳の決定を後追いして記憶しているにすぎないのだと。

脳が下した決定を後追いで記憶する必要性について考える。どのような行動をとり、どのような結果になったかを記憶することは、次の成功、失敗の予測に繋がるからだろう。つまりそれは個体の生存能力を上げる。

ただ下した決定事項と結果1つ1つを分離して記憶するだけでは効果が薄い。それらをつなぎ合わせることで相関関係を推測することもできる。さらに次の成功、失敗の予測精度が高めることができる。

記憶回路が過去から現在に至るまでの脳が下した決定と結果をつなぎ合わせることで、「私の人生」といったストーリーが生まれる。しかし、このストーリー化の能力は、ただ生存能力を上げるだけのものかもしれない。

なら、私が生まれてきた理由は?私が生きている理由は?といった事で悩むのは、記憶回路のバグとも取れる。ストーリー上の「私」などどこにもいないのだから。もし、そのような悩みが襲ってきたらこう考えれば良いのではないか。

「私」は脳が下した決定を記憶する回路の副産物である。私を喜ばせたいなら、脳がしたいと思うことに素直に従い、楽しかった記憶を増やせばいい。もちろん、社会道徳を逸脱しない範囲で。